🇨🇭Richard-Wagner-Museum Stadt Luzern(リヒャルト・ワーグナー記念館)

ニュルンベルクのマイスタージンガーで知られている、ドイツ人作曲家のリヒャルト・ワーグナーの邸宅兼記念館がスイスのLuzern(ルツェルン)にあるので、行ってきました!

ワーグナーの邸宅は湖の目の前にあるので、船で向かってみました。湖船クルーズは景色が楽しめて最高です♪

Tribschen(トリプシェン)で降りて、ここからは歩いてワーグナーの邸宅まで向かいます。

邸宅を見ながら、芝生が綺麗な坂道を登っていきます。

登っている途中、後ろを振り返ってみると・・・

なんて美しい景色なんでしょう!芝生には、白や黄色のお花が咲いていて、透明の湖が広がり、奥にはまだ雪が溶けていないスイスの山が見えます・・・!

この景色を毎日見ていれば、そりゃぁ素敵な曲も作れそうです!(私にはできませんがw)

邸宅の玄関まで来ました。実は、邸宅の前はカフェになっていて、たくさんの人達がコーヒーや軽食を楽しんでいました。こんなにお天気だったら、テラスでのカフェタイムは最高ですね♪

玄関を入ったら、すぐ右側に受付がありました。

入場料は10フラン(約1,200円)、小学生以上の子供は5フラン(約600円)、6歳以下は無料です。「Swiss Museum Pass」があれば無料で入れます。

営業時間は4月〜11月の11時〜17時までで、12月〜3月は休館しています。また、毎週月曜日も休館です。

日本語のパンフレットというかA4の紙に詳しく解説が書いてあるものがあるので、是非もらってくださいね。

「Swiss Museum Pass」についてはこちらからお読み下さいね♪↓

🇨🇭スイスでお得に生活する〜乗り物編(GA Travelcard 、Half Fare Travelcard、Swiss Museum Pass、Saver Day Pass、CFF day pass)

ちなみに、この受付の小部屋は当時ワーグナーが寝室として使っていたお部屋だそうです。

ワーグナーのブロンズ像

チケット手続きをしたら、見学開始です。すぐ隣の部屋は「緑の仕事部屋」という名前が付いていますが、今は壁紙が張り替えられているので緑ではありませんでした。

お部屋には友人たちからのプレゼントがたくさん展示してありました。この楽器はスペイン人の友達からのプレゼントだそうですが、よく見てみると・・・

スクロールの部分がワーグナーの顔に・・!!(笑)オリジナルすぎて凄いです。

この素敵な一人がけソファは、ドイツのバイロイト市からのプレゼントなんですって!

プレゼントのレベルが全部すごい・・・

こちらの肖像画はワーグナーの初めの奥さんであるミンナ・プラーナーの肖像画です。ミンナは女優だったそうで、美しいのが分かります。後々書きますが、ワーグナーは非常に恋多き男性でした。いや、恋多き男性っていうか、浮ついてるっていうか・・・なので、ミンナとは1858年に別居します。1836年のワーグナーが21歳の時に結婚したので、22年の結婚生活だったわけですね。と言いますのも、この時、ドレスデンで5月蜂起が起き、ワーグナーはスイスのチューリッヒに亡命したのです。チューリッヒで亡命生活をしていた時に、友達であるヴェーゼンドンク夫妻の近くに住んでいたのですが、そこでなぜかヴェーゼンドンク夫人と不倫してしまうのですよ・・・そりゃぁ、奥さんもツライですよね・・・やっとのことで亡命したと思ったら、自分の旦那さんが友達の奥さんと不倫なんて・・・

こちらは1865年、ハンガリーのブタペストでの写真だそうです。

一緒に写っているのは、ピアニストのアドルフ・イェンゼンや作曲家のフェリクス・ドレーゼケ、ヴァイオリニスト兼指揮者のアレクサンダー・リッター(ワーグナーに憧れていて、ワーグナーからも可愛がられ、のちにワーグナーの姪と結婚する)などなど、当時のドイツの音楽界をリードしていた音楽家達が写っていました。

ワーグナーのサインの移り変わり??も展示してありましたよ!あんまり変化ないですね(笑)

話がそれますが、ワーグナーは1860年にウィーンに移ることになりました。(不倫相手と別れたのか知りませんが(笑))そこで、建築と音楽に破滅的浪費を繰り返した「狂王」の異名で知られるバイエルン王のルートヴィヒ2世と出会い、ミュンヘンに移り住むことになったそうです。ということは、ルートヴィヒ2世がワーグナーの超強力なパトロンになったのかもしれませんね!

その後、ミュンヘンでコジマ・フォン・ビューローという女性と出会って、2人はこの邸宅に引っ越してきます。(この写真がコジマとワーグナーで、今から話すいろんな出来事のあと結婚した時の1872年の写真です)その後、2人は子供を3人産みます・・・

え?(笑)

と言いますのも、実はコジマはドイツ人の男爵兼指揮者のハンス・フォン・ビューローと結婚していました。離婚させてもらえなかったために、勝手にワーグナーとこの邸宅に引っ越して子供を3人も作ったわけです。

そして、驚くことに、コジマの旦那さん(ハンス・フォン・ビューロー)は、当時ワーグナー派閥とブラームス派閥に分かれていた時代、なんとワーグナー派の代表的存在だったのだとか・・・コジマとワーグナーの不倫は暫く黙認していたようですが、さすがに子供を3人も作られたもんですから、コジマの旦那さんはワーグナー派閥から離れブラームスと親交を深めていったそうです。

いやいやいや複雑すぎます!!!てか、コジマの旦那さん(ハンス・フォン・ビューロー)って後に名門ベルリンフィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任するのですが、今でも、ビューローの名を冠した栄誉賞が作られたくらい、ものすごい指揮者だったそうです。

あ、ちなみに、コジマのお父さんは超有名作曲家兼ピアニストのフランツ・リストです。「ハンガリー狂詩曲」やピアノ曲の「ラ・カンパネラ」などを作曲しています。「ラ・カンパネラ」といえば、盲目のピアニスト辻井伸行さんの得意曲ですね。

しかし、もう、調べれば調べるほど沼にハマっていきます・・・(笑)

さて、次のお部屋に来ました。この部屋は「サロン」として使っていたそうです。もともとは赤い壁紙に金の装飾が合ったんだとか!赤に金なんてゴージャスな部屋だったでしょうね。

素敵なテーブルもありました。

そして、この部屋で注目すべき点は、このピアノです。このピアノはエレール社製のグランドピアノで、当時置いてあった場所と同じ場所にそのまま置かれているそうです。茶色のグランドピアノは素敵ですね。

それから、中央のショーケースにはオーケストラのスコアが展示してありました。こちらのスコアはなんと「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のスコアです!私は中学生の時に吹奏楽部だったのですが、毎年新入生の入学式に演奏していました。とても思い入れがある曲なので、その曲の作曲家の家で本物のスコアを見れて感動しました!

こちらの譜面は1866年(翌年マイスタージンガーが完成する)、ジュネーブにある超高級ホテル、「ボーリバージュ ジュネーブ」にコジマと泊まった際に書き上げた一節の譜面だそうです。

そして、もう一つの見どころです!!!

このショーケースの中には、コジマの12月4日の誕生日とクリスマスのお祝いのために作られた室内オーケストラ用(アンサンブル)のスコア「ジークフリート牧歌」が展示してありました。(ジークフリートは息子の名前でもあります!)

この曲についてのストーリーがあまりにも素敵なのでご紹介させて下さい!

12月25日の早朝、ワーグナーとチューリッヒから呼んだ12人の(編成から推測しています)の楽団は、コジマが起きて来る前に、家の螺旋階段に譜面台を並べ、ミニコンサートの準備をしたそうです。

階段の一番上には指揮のためワーグナー、そしてフルート、オーボエ、クラリネット2人、ファゴット、ホルン2人、トランペット兼ヴィオラ、バイオリン、ヴィオラもうひとり、チェロ、コントラバスと並び(チェロとコンバスは螺旋階段のため、ワーグナーを見えない位置になってしまった)という並びで待機していました。

何も知らないコジマが起きて階段を降りようとしたところ、「ジークフリート牧歌」が演奏され、コジマがとてもとても感動したらしいです。この演奏は1日中、何回も演奏されたんだとか。

あぁ・・・なんて素敵なプレゼントでしょう!そして、その楽譜が見れるなんて・・・!

コジマさんは幸せでしたね♪

「サロン」を出ると、縦長の部屋になりました。ここは書斎だった場所です。

この部屋に入ってすぐ左に、昔の不倫相手ヴェーゼンドンク夫人の彫刻がありました(笑)ここに必要かな・・・?(笑)

あ、もちろん奥さんのコジマの彫刻もありましたよ!でも、コジマと出会ってからのワーグナーはコジマに一途だったのですね。素敵なエピソードを知った後なので、なんだか嬉しくなりました。

そして、当時食堂として使われていた部屋に来ました。ここには家具や絵画や写真が展示してありました。

この絵画の場所はワーグナーが産まれたザクセン王国 ライプツィヒの家です。

そして、描いたのはFranz Stassen(フランツ・スタッセン)という画家で、ワーグナーの息子のジークフリートの友達だったそうです。Franz Stassen(フランツ・スタッセン)は、ワーグナーの作品を絵で表現することでも有名だったそうです。

1階を見たら、2階に行きます。

そして、この階段・・・!

この階段は、先程紹介したコジマのお誕生日&クリスマスのお祝いのミニコンサートを演奏した場所です。

コジマの寝室は2階だったということですから、恐らくこの場所にワーグナーが立って、下の踊り場に楽団員がいて、1階部分にチェロとコンバスがいたのでしょうね!(階段の段差部分でチェロとコンバスを演奏するなんて無理ですもんね笑)

素敵な階段を登ることができてよかったです!

さて、2階に来ました。2階は、コジマと5人の子どもたちの部屋があったそうです。

2階の展示物は、ワーグナーがその生涯で訪れた地の説明や、たくさんの思い出の写真が飾ってありました。

ワーグナーとコジマの素敵な2ショットも!

こちらは、ワーグナーのお母さんだそうです。この写真も素敵!

そして、2階の窓から見える景色が、合成ですか?ってくらい綺麗でした(泣)

そもそも、この家には1年だけ住む予定だったらしいのですが、とても気に入って結局6年間住んだそうです。

こんな素敵な場所だったら、気に入って当然ですよね!

3階は開放していなかったので見学できませんでしたが、3階はゲストルームとして使われていたそうです。この家には、先程ちらっと話したパトロンであるバイエルン王のルートヴィヒ2世や、ニーチェ、コジマの父であるリストなどなど、たくさんの署名人が訪れて滞在したようです。

最後に、1階に戻ってきたら階段の正面にこの絵があり、目が留まりました。ワーグナーの肖像画だろうとは思ったのですが、なんか惹かれるものがあって、詳しく詳細を読んでみることに。

すると、この絵を描いた人がなんと!!先日ご紹介したSammlung Rosengart(ローゼンガルト・コレクション)のオーナーである、アンジェラローザンガルトさんと父のジークフリート(ワーグナーの息子と同じ名前だから紛らわしい)から、ワーグナー記念館への贈り物で、Pierre-Auguste Renoir(ピエール=オーギュスト・ルノワール)が描いたものでした!

1882年の作品のようです。1882年といえばワーグナーが亡くなる1年前なので、その時の作品なんですね。なんだろう、色がないから友達として描いた感じなのかもしれませんね♪持つべき人のところに作品が戻って作品も喜んでいるでしょうね!

ローゼンガルトについて詳しく書いていますので、是非こちらからお読み下さいね♪↓

🇨🇭ピカソのおちゃめな一面を見ることができる「Sammlung Rosengart(ローゼンガルト・コレクション)」

音楽が好きだったために、かなり熱いブログになってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました!

ワーグナーを知らなくても、知っていても、ワーグナーの曲を知らなくても、知っていても、とにかく場所が素晴らしいし、このストーリーを知ってから赤い階段を見ると、胸がいっぱいになりますので、ぜひぜひルツェルンに来ることがあったら行ってみてくださいね♪

「Richard-Wagner-Museum Stadt Luzern(リヒャルト・ワーグナー記念館)」の場所はこちら↓

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